Heart of Gold

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Heart of Gold(日本心の源をたどるショート・トリップ)

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湯河原・しとどの窟  vol.6


三百騎で土肥館を出発した頼朝軍は石橋山の戦いで平家方の軍勢に敗れ、追撃から逃れるため湯河原の山中の洞穴などに身を隠し転々としていたましたが

そのうちのひとつ、しとどの窟を訪ねることにしました。

ドラマ的にみても頼朝の運命の強さを感じる、名場面のひとつになる場所です。

さて前回の続きですが、
『大庭軍は勢いに乗り頼朝勢を追撃するも、頼朝に心惹かれた大庭軍の飯田家義の手引きにより土肥の椙山に逃げ込む。
翌24日、大庭軍は追撃の手を緩めず、逃げ回る頼朝勢の残党は山中で激しく抵抗した。頼朝も弓矢をもち戦う。
ちりぢりになっっていた頼朝勢の武士たちは頼朝の元に集まるも、土肥実平は、人数が多くては逃れられない、頼朝一人ならば命をかけて隠し通すが、皆とは一旦ここで別れて雪辱の機会を期すよう進言して別れた。
大庭軍は山中をくまなく捜索し、梶原景時という武士が頼朝の居場所を知るが情をもってこれを隠し、この山に人跡なく、向こうの山が怪しいと景親らを導き、頼朝の命を救った。
このことが縁で後に景時は頼朝から重用されることになる。
土肥の椙山の「しとどの窟」がこのエピソードにまつわる伝説の地として伝わっている。』
このように歴史の説話にはあります。

再び湯河原駅に立ちます。

01busstop-1.jpgしとどの窟へは湯河原駅からバスで30分ほど、奥湯河原を抜け箱根峠方面に向かう途中に位置します。

市街地を過ぎ千歳川沿いと上り始める頃には、落ち着いた温泉場の景色に変わります。

やがてバスは川沿の道から東へ折れ、椿ラインという山肌に沿った急峻で曲がりくねった坂道を木々の下を縫うように走ります。
ようやく視界が拡け、しばらくすると目的のバス停に到着です。

この日はとても視界が良く、展望場から初島の伊豆大島などの七島の一部を見ることができました。

02sign.JPG案内板にはしとどの窟まで徒歩で20分とあります。

次の湯河原駅行きバスが1時間後ということで眺望を楽しむのは帰りのバスを待つ間にまわすことにします。

同時案内板には、いわれやこの地の興味深い内容が紹介されています。

しだいに案内板の文字への焦点はぼやけ、頭の中はいろいろな想いが交錯しますが、先へ急ぐことにします。

03sakamiti.JPG平坦な舗装道を少しの予備知識と結びつけながら歩を進めていきます。
急坂をひたすら下りていきます。
その小道の両側には地蔵がずらりと並び、近郷の人々の信仰を集めていることを感じ取れます。

04jizo.JPGしかし、下りでも脚が笑いだす状態なのに、、帰り道はバスの出発時間を考えつつ時計の針と競争しながらの急な上り。。

ラストスパートは効きそうもない。
少し焦りながら先を目指します。

ようやく谷の底らしきところまで下ると、そこから小道は上りに。

R0010076.JPGしばらくすると水の落ちる音が聞こえます。

元々の窟はかなり奥に広がっていたようですが、関東大震災により入口付近で崩壊し現在の奥行きになったそうです。

頼朝はこの窟に母、由良御前から授かったこの観音像を供えたそうで、そのご加護があってか、生き延びて大願成就したわけです。

そして、のちにこの観音像は伊豆山権現の僧により探し出され鎌倉の頼朝に届けられたということです。

途中の案内板にも里人により聖地とあがめられたとありましたが、箱根伊豆地方は関東山伏発祥の地として日本山獄宗教史上有数の地であり修験の行場だそうです。
やはり目には見えない不思議なパワーがわき出ているのかもしれません。

それを受け止めることができる人には大きななことも成し遂げることができる力が授けられるのでしょうか。


さて辛くも命拾いをした頼朝はここをあとにし、峠を越えて一旦箱根へ逃げたということです。